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なめたけちゃんについて
好き→野球・南の島・フェレット。
応援→駒大苫小牧高校、筑波大学。
夢→甲子園全試合観戦、北海道のサマーハウス。
尊敬→香田誉士史監督。
メール→  8.bluesky@gmail.com
アドレスの一番最初に数字の0を加えてお送り下さい。


<   2007年 12月 ( 6 )   > この月の画像一覧
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マスコミのプライド
報知が「香田監督退任へ」の記事のリリースをあの日に合わせ準備していたことは、容易に想像がつく。

彼らに人間の心はあるのか?他社より先か後かが、そんなに大切?
甲子園で負けた翌朝あんな記事を見る選手の動揺とか、これから新チームを作る1・2年生の動揺とか、考えないのか?
考えたところでそれが仕事だから仕方ないと、罪の意識にフタをするのか。

そして、自分達が宿舎へ殺到したせいで、最後の大阪でのわずかな楽しい時間さえも奪われた高校生に対して、メディア各社は何の気持ちも無いんだろうか?

誰にこんな権利があるんだろう?
売れれば本当にそれでいいのか。その対象の人格や気持ちは、価値無し?
今までも散々感じてきたけど、この時ばかりはさすがにブチ切れた。
最後まで辛い時に追討ちをかけられる彼らが、可哀相でならなかった。

彼らと同世代だった頃、マスコミュニケーション学科や新聞学科を受けようと考えていた私だけど、でも行かなくてよかった。
メディアとはそういう世界だというならば、自分の良心を麻痺させてまで染まりたくないから。
スポーツ報知とそれに追随した各社を、絶対許さない。
そう思いつつも、結局はそこから情報を得ている自分にも腹が立つ。。。

・・・・・今年最後の日記がこんな暗い話でスミマセン(汗)
今年一年、たくさんの方々にお世話になりました。
なめたけ日記を読んでくれた方、コメントをくれた方、気持ちを共有して語り合ってくれた方、球場にご一緒してくれた方、ありがとうございました。

皆様、どうぞよいお年をお迎えください。
by nametakeko | 2007-12-30 01:55 | 高校野球 ページトップへ
香田監督のこと
広陵戦のショックもどこかへ飛んでっちゃうくらいの衝撃を、どう捉えてどう言葉にすればいいのか分からないまま、4ヶ月も経ってしまった。

でも、今年ももう終わり。いつまでも引きずってはいけないよね。。。

10月、苫小牧市内で開催された中小企業経営者の研究集会の中で、香田監督が講演をされました。
テーマは「夢追い続ける」。
赴任当初の頃から甲子園のことなど、400人以上の経営者を前にお話されたもので、参加した方が友人を通じて感想を送ってくれました。

(転載了承済・一部抜粋)
---------------------
泣けました。
初めての講演で、決して流暢にしゃべるわけではありませんが、彼の発言はどこの経営者にもひけをとらないくらい立派でした。

皆しんとして聞いていましたが、香田前監督が再三口にしたのは、わかってもらう努力をしたということです。

また部員を理解すること、高校生の彼らがグランドで戦う時に1人でものを考えられるように徹底的に話したそうです。
監督は甲子園ではベンチから出られない、彼らがグラウンドでは主役なのだから。
それぞれの頭でどうしたらいいのかを考えられる様になった時に、彼らは信じられない力を発揮したのだそうです。

あと、決して『出来ない』とか『無理だ』という事は言わなかった、ということでした。
---------------------

“今”だけでない、先を見据えた教育を、野球を通してされていた。
数々の言葉にも、それが現れている。

田中くんがプロ志望届を出した時、「周りの人に愛されて、後の人生もいい方向に進んでくれるようになって欲しい。」

去年の国体決勝で早実に負けた時、「今の3年生は入学した時から甲子園優勝、優勝を引き継ぎ、最後もこういう所まで勝ち上がったきたけど、上には上がいることを分からせてもらった事は、先に進んでも役立つと思う。」

そして、退任記者会見のこの言葉。
「12年間で縁があり出逢えた選手全員が良い思い出。」

…センバツを辞退した時、自分はどうなってもいいから選手達を出させてやってくれと懇願した、香田監督。
辞任の後、茨の道が待っていると分かっていても「今いる選手の為に」と戻ってきてくれた、香田監督。

香田野球の卒業生達は、そういう監督に恥ずかしくない生き方をしてほしいです。
いつでも、胸を張って正面から監督の顔を見れるような人になってほしい。
もしも迷ったり、道を外しそうになったら、監督のことを思い出して。
野球選手としての活躍以上に、1人1人が立派な大人になることが、何より恩返しになると思うから。

そして、私は…
これからもずっと、駒大苫小牧野球部とOB達を応援していきます。

香田監督とご家族に平穏な生活が戻り、お元気になられるように祈っています。

本当は、もう監督とは呼べないけど…香田先生、なんだけど…
でもやっぱり心の中では、いつまでも「香田監督」です。
by nametakeko | 2007-12-23 21:20 | 高校野球 ページトップへ
2007年夏駒苫戦士(5 五十嵐光)
☆背番号13 五十嵐光選手☆

去年の春、移転前の駒苫Gを見学した時のこと…
練習時間など親切に教えてくれたのが、グラウンド整備をしていた当時2年生の光くん。
礼儀正しいと評判の選手達の中でも、特に丁寧な子という印象でした。

3ヵ月後の甲子園、決勝再試合の後。
大きなゴミ袋を持って球場から出てくる光くんを見て、来年絶対戻ってきてほしい、背番号をつけてほしい!と心から思いました。

しかし新チームとなった秋、そして春の大会では、メンバー表に名前は無く…
それでも私は勝手に信じてましたよ。夏は絶対に!!って。

最後の夏ベンチ入りと知った時は、本当に本当に嬉しかったな。
苫小牧南戦と北照戦ではスタメン出場。
支部予選・南大会通算打率5割の活躍!
この目で見たかったな~。

甲子園では、1点リードの8回ウラ、二死から走者が出たところで代走、そしてファーストの守備へ。
9回表、同点にされて尚続くピンチの場面(だったと思う)、外野に向かって「浅く、浅く」と指示を出す姿が1年前より大きく見えました。

選手として出た甲子園は短かったかもしれないけれど、
でも、あの9回表ファーストファウルフライで二死を取った瞬間、甲子園にいた2万7千人、そしてTVを見ていた日本中の人達の視線の先は、光くんだったんだよ。

私の中からも絶対消えない記憶です。

「五十嵐大の弟」だからではなく、「五十嵐光」という選手を応援してました。
それはこれからも同じ。

大学で、日本一を目指してほしいです。

<2008/4/25追記>
【北翔大学硬式野球部サイト】に、新入部員名簿が掲載されました。
駒苫からは、光くんをはじめ中條元春君、高橋健太君、山田翔太君、金森聖士君の5人が入部するようです。
ぜったい、神宮に来てね。待ってます!
by nametakeko | 2007-12-17 23:28 | 高校野球 ページトップへ
2007年夏駒苫戦士(4 幸坂好修)
☆背番号2 幸坂好修選手☆

広陵戦の後、通路のお立ち台で幸坂くんがインタビューに答えている映像がありました。
涙を必死にこらえて、一点を見つめて。
どんな気持ちでそこに立っていたんだろうと思うと、あ~もう駄目。

『タッチ』に、9回表のあの場面と似たシーンがあったのを思い出した。
タッちゃんのライバル・新田が、甲子園の決勝で痛恨のエラーを犯し全国制覇を逃した時のタッちゃんのセリフ…
『どんなプロの名手でも、エラーはする。新田にとってそれがたまたま、あの時だった』このようなセリフだったと記憶しています。

本人は自分を責めたかもしれないけど、幸坂くんがいたからこそ、チームはここまで来れたんだと思う。
キャッチャーがしっかりしていなきゃ、甲子園には来れない。
あのベースカバーは、本当に素晴らしかった。

2点ビハインドの9回ウラ、二死走者無しから執念のツーベース
そして、パスボールで一気に生還
鬼気迫る表情は、絶対に諦めないという執念の塊に見えた。

あと一歩だったのにな。
もっと沢山、幸坂くんの活躍を見たかったな。。。

きっと、大学で野球を続けると信じます。
絶対に成功すると思う。強い気持ちを持ち続けて、がんばって欲しいです。

<12月14日追記>
12/13のスポーツニッポンに、亜細亜大学合格の記事が掲載されました。
やった~~おめでとう!幸坂くんがんばってね!!
縦縞のユニホーム、似合うだろうな。早く神宮でキャッチャーマスクをかぶる幸坂くんを見たい!!
by nametakeko | 2007-12-12 00:11 | 高校野球 ページトップへ
『One for All  All for "WIN"』
【筑波大学硬式野球部ホームページ:2008年度首脳陣挨拶】

新チームのキャプテンは日高一晃君(3年・福岡工大城東)なんですね~。
捕手として坪井くんはじめ投手陣をリードしつつ、キャプテンとしてもチームを引っ張る大役。
がんばって!!

日高くんの挨拶の中にこんな言葉がありました。

“…ここで言う「チーム」には、今年の新チームのメンバーだけでなく、卒部されたOBの先輩方、また父兄の方々を含め、応援してくださる方々全員を含んでおり…”

筑波はいつも、たくさんの父兄の方々が、近郊だけでなく遠くからもいらっしゃっています。
応援ツアーが来ることもあるし、ブラバンが無くても他の大学にひけをとらない素晴らしい応援です。

ただ…残念ながら駒苫の時と違い、この4シーズンの間球場でファンの方と知り合うこともなくて、実はちょっと淋しい気もしてたんですが…
この、日高くんの言葉を見て、嬉しくなっちゃいました♪

来年の春が待ち遠しいな~。

ちなみに、【トップページ】には、日高くん・坪井くんの他、4年生青山君(愛工大名電)と、1年生野口君(帝京)が載ってます。
…ってことは、これから他の選手も載るのかな?2年生も載るよね??載せてくださいね~
by nametakeko | 2007-12-08 20:07 | 大学・社会人野球 ページトップへ
あの1ヶ月を返してほしい
【朝日新聞:野球特待生、新基準で3年試行 高野連決定】

高野連が、条件付きで特待生制度を認めました。

(1)入学金、授業料の免除とし、遠征費や寮費などは対象としない
(2)各学年5人以下が目安
(3)学業が一般生徒と同水準であり、生活態度がほかの生徒の模範となる
(4)入学に当たっては中学校長の推薦が必要

3年間を試行期間とし、その間に制度に関する実態調査を行い、2012年度の新入生募集までに高校野球の特待生制度について最終結論を出す、
とのこと。

…解釈の仕方で、学校側もいろんな方策を取れるんじゃ。。。というのが、第一印象。
でもひとまず、今の現役選手にとって最悪の結果ではなくて良かった。
【有識者会議の議事録】によると、元選手・指導者の立場からリアルな意見が出ていた様だし、
これから3年間で、主役である高校生本位の制度が確立するといいなあ…と思います。

でも、でもね。

じゃあ結局、今春の「アレ」は何だったんだろう。
もしあのチームが春から経験を積んでいたら、甲子園、どうだっただろう。

なんで、あの時期に、あの子達が、あんな思いをしなければいけなかったんだろう?

高校球児が現役でいられるのは、長くてもたった2年半。
あの1ヶ月は二度とない時間だったのに。
“不運”という言葉で済ませられる話じゃないのに。
by nametakeko | 2007-12-03 12:52 | 高校野球 ページトップへ
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東京で働く道産子、なめたけちゃんの日記です。
by nametakeko
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